本文へ移動
令和4年9月8日
山藤鉄工株式会社
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
株式会社アート科学

東海村発!産官連携により新型ボルテックスチューブを開発
―熱力学に潜む“マクスウェルの悪魔“を制御して冷却性能を向上―


発表のポイント


  • ボルテックスチューブ*1は、製造現場の空気コンプレッサーと接続して、金属加工時のスポット冷却などのために利用されています。
  • しかし、実際の製造現場では従来品に冷却性能不足を感じ、更には現場で使いやすいボルテックスチューブが求められていました。そこで茨城県東海村を拠点とする中小企業と国立研究開発法人が連携し、チューブ内部で発生しているエネルギー分離現象*2(通称“マクスウェルの悪魔”*3)の制御・増強に挑戦しました。
  • その結果、チューブに中空の螺旋状フィンを内蔵することで、従来品よりも冷却性能が24%向上(出入口温度差が⊿41℃から⊿51℃)し、更にフィンが無いものと比べて、長さを半分以下に短くしても冷却性能が落ちないことも確認しました。
  • 本開発技術を利用した新型のプロトタイプは、小型・軽量・シンプルであることで低コスト化を実現し、可動部位が無いために故障の心配がない、製造現場で使いやすい装置です。今後は製造現場だけでなく産業機器類の冷却といった応用を含め、幅広い分野での活用が期待できることから製品化を目指します。


図1 新型ボルテックスチューブ


概要

 山藤鉄工株式会社(代表取締役社長:山形洋司、以下「山藤鉄工」という。)は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「日本原子力研究開発機構」という。)、株式会社アート科学(代表取締役社長:佐藤栄作、以下「アート科学」という。)とともに、小型で冷却性能が高いボルテックスチューブを開発しました。
図2 螺旋状フィンを内蔵した新型ボルテックスチューブ

 

開発した新型ボルテックスチューブ(図1、図2)は、中空の螺旋状フィン(以下、「フィン」という。)をボルテックスチューブ内に内蔵する点に特徴があります。この形状のアイデアは、ドリル加工後の切粉形状から発案しました。このフィンによって、以下のようなメリットが得られます。

  • 吹き出す空気の温度をフィンが無い従来型よりさらに-10℃程度下げることができます。
  • 従来型で標準とされた長さの半分以下の長さでも、冷却性能が落ちないため、装置全体を短く・軽量にできます。

考案した新型ボルテックスチューブの構造は、従来型と同じ単管タイプと、工作機械を用いた切削加工時の現場ニーズに基づいてシンプルな多重管ストレートタイプの2種類を開発しました。さらに、吹き出す空気の量が多いプロトタイプを開発し、一般的なコンプレッサーを所有する製造現場での実用化に見通しを得ました。

装置改良に必要な装置内の熱流動現象の把握には、乱流数値シミュレーション*4技術(図3参照)を活用しました。フィンを内蔵することにより、乱流運動エネルギー*5が局所的に高い“激しい乱流渦”を発生させる事ができます。この現象が、冷却性能を向上させる重要な原因であることが確認できました。この乱流渦の発生位置、強度、散逸速度をフィンで制御することにより、装置の長さが短くても冷却性能が高いボルテックスチューブを開発できました。



図3 螺旋状フィンを内蔵した新型装置(単管タイプ)の開発
(一部提供:茨城県産業技術イノベーションセンター)


開発には、デジタルツイン手法*6を利用しています。まず、図3に示すようにバーチャル空間で3D-CAD*7により装置を設計して、3Dプリンタなどの製造技術を活用してリアル空間で装置を製作して、実験や実証を行います。次に、実験結果と乱流数値シミュレーションの結果を使って、更に高性能となる設計に改良するスパイラルの開発手法です。

 

開発した技術は特許共同出願中であり、本研究成果は、令和4年9月9日発行の研究開発報告書「JAEA-Research」に掲載予定です。

 

 



これまでの経緯、背景

金属等の切削加工時に加工品や工具の温度が上昇することで、品質の安定化の妨げや製造コスト増加の要因となっています。加工品や工具の温度上昇を抑えるための冷却装置としてボルテックスチューブを利用する場合がありますが、従来のボルテックスチューブには冷却性能不足や「使いにくい」という現場の声がありました。製造現場が求める冷却装置は、一般的な製造現場にある設備を利用しながら、低温空気を多く吹き出すシンプルで実用性の高い装置です。

 そこで、金属加工を日々の生業としている山藤鉄工、研究開発に日々携わっている日本原子力研究開発機構、優れた解析技術を有するアート科学のそれぞれが持つ強みを活かして、茨城県東海村のイノベーション創出事業を通じて、産官連携による開発チーム(以下、「連携チーム」という。)を編成しました。この連携チームで、冷却性能の向上を目的とし、製造現場での「使いやすさ」にこだわった装置開発を実施しました。

今回の結果

 ボルテックスチューブは、1933年にRanqueによって発明されました。以降、チューブ内で気体の温度が分離する現象を示すことから、“マクスウェルの悪魔”と呼ばれる思考実験を具現化したような装置として数多くの研究がなされてきました。また同時に、主に除熱を目的とした装置として産業界で利用されてきました。気体が冷却される基本原理は、断熱膨張*8による冷却現象であるとの共通理解があります。しかし、加熱される基本原理については未だ共通理解が確立していません。


(実験結果1) フィンの有無による温度低下の差
  ポイント:  フィンを内蔵するだけで低温側出口から出る空気の温度が約10℃低下します

図4に、従来型(円管・単管)と新型(フィン内蔵円管・単管)の性能を比較した実験結果を示します。縦軸は、出口温度と入口温度との温度差であり、マイナス側が入口温度よりどれだけ冷たい空気が低温側出口から出ているのかを示しています。横軸は、入口から入れる空気の流量のうちどれだけの割合の空気が低温側出口からでているかを示しています。図4は、フィンが無い従来型の中にフィンを内蔵させるだけで、空気の温度を-10℃下げることができることを示しています。

図4 従来型(円管)と新型(フィン内蔵円管)との比較
   結果
図5 新型(フィン内蔵)は管長が短くても高い冷却
   性能を発揮

(実験結果2) フィン内蔵チューブにおける管長の長短の比較
  ポイント:  フィンを内蔵すると管の長さを半分以下にできます

 図5に、フィンを内蔵したチューブの長さの影響を調べた実験結果を示します。従来型は、管の長さが管内径の20~30倍程度で最高性能を発揮するとの研究報告があります。実際に、フィンが内蔵された新型の短い管(全長が管内径の約10倍=従来の約半分)と長い管(全長が管内径の約25倍=従来と同じ長さ)とを作って、冷却性能を比較しました。その結果、フィン内蔵の新型は管内径の10倍程度の短さ(従来の約半分)でも十分に高い冷却性能を発揮できることが確認できました。


(乱流数値シミュレーションの結果)


図6 乱流数値シミュレーションを用いて“激しい乱流渦”の発生を制御

(一部提供:茨城県産業技術イノベーションセンター)

 図6の図Aに示す様に、空気は音速に近い速度で旋回しながら高温側出口に流れます。その途中にフィンを内蔵することにより、図Dに示す様に、フィンの途中から低温側出口に向かって逆流する流れを生成させて、フィン端で乱流運動エネルギーが高い“激しい乱流渦”を発生させます。この“激しい乱流渦”の領域では、図Eの赤色部分の様に乱流散逸率*9(運動エネルギーが熱エネルギーに変換される速さ)も大きくなります。すなわち、この領域で乱流の運動エネルギーが大きくなり、熱に変換されていることを示しています。その結果、この領域で、エネルギー分離現象が増強できたことで、ボルテックスチューブの性能向上につながったと考えています。実際に、サーモビジョンカメラで管の外表面温度を観察すると、乱流運動エネルギーも乱流散逸率も高い位置の外表面温度が高く表示されました(図C中の黄白色の位置)。

 連携チームは、乱流の運動エネルギーも高く、熱へのエネルギー変換速度も速い“激しい乱流渦”を、乱流数値シミュレーションによって“見える化”しました。その結果を、フィンの長さや位置など設計の最適化に応用し、装置の改良に役立てています。

今後の展開

今回開発した新型ボルテックスチューブについて、連携チームは今後、機械加工工場や電子部品のスポット冷却など様々な産業利用を想定して、広く社会でご利用いただける製品として提供したいと考えています。

各社の役割

山藤鉄工  : 開発計画策定・評価、試験実施、プロトタイプ開発

 (東海村イノベーション創出事業実施主体)

日本原子力研究開発機構 : 研究開発手法の提案、研究開発の支援、JAEA-Researchで成果公開

   (東海村イノベーション創出事業連携機関)

アート科学  : 乱流数値シミュレーションの解析条件の決定

本件に関する問合せ先

(事業内容について)
山藤鉄工株式会社
代表取締役社長
山形 洋司
TEL:029-282-3911、Mail: yamagata@yamatoh-tk.co.jp
 
(研究内容について)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
原子力科学研究部門
企画調整室 上級研究主席
呉田 昌俊
TEL:029-284-3839、Mail: kureta.masatoshi@jaea.go.jp
 
(報道担当)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
広報部 報道課長 
児玉 猛
TEL:029-282-0749、Mail: kodama.takeshi@jaea.go.jp

用語の説明

*1 ボルテックスチューブ

図7 ボルテックスチューブの構造



 1933年に米国のRanque(ランケ)によって発明され、1947年にHilsch(ヒルシュ)の研究報告により広くRanque-Hilschのボルテックスチューブとして知られることとなったエネルギー分離現象*2を発生する図7に示す構造をもつ装置です。空気など気体を流入させる入口、管の内部で旋回流(渦;vortex)を発生させる渦発生子、旋回流が流れる管(tube)、低温と高温の気体が流れ出る2個所の出口、低温側出口の流量と高温側出口の流量との比率を制御するバルブから構成される装置です。従来型は、旋回流が流れる管は円管(単管)です。


*2 エネルギー分離現象


ボルテックスチューブ*1の中で気体を低温と高温に分離させる現象のことです。2つの出口から出てくる空気の温度(エネルギー)が分離するため、ボルテックスチューブの研究分野において、温度分離現象またはエネルギー分離現象と呼ばれています。


*3 ”マクスウェルの悪魔”
図8 個々の分子を見ることができる“悪魔”がいたとします。この“悪魔“は、速い(高温の)分子を右の部屋に、
   遅い(低温の)分子を左の部屋に移動させるように仕切りの扉を開閉します。
   すると、左の部屋は低温に、右の部屋は高温にすることができるというパラドックスです。

 物理学ではよく知られたパラドックスの一つです。物理学者J. C. Maxwell(マクスウェル)が1867年頃に「もし仮に気体分子の動きを観察できる架空の存在-“悪魔”-がいたとすると、 (図8に示す様に) 熱力学第二法則で禁じられたエントロピーの減少が可能になるのではないか」と提唱した思考実験に登場する“悪魔”のことです。分子を観察できる悪魔は仕事をすることなしに温度差を作り出せるように見え、これは熱力学第二法則と矛盾しています。
*4 乱流数値シミュレーション

数値流体力学(CFD: Computational Fluid Dynamics)シミュレーションの一部であり、特に、解析対象が気体の乱流であって、乱流特性に注目したシミュレーションのことを乱流数値シミュレーションと呼んでいます。ボルテックスチューブの解析では、音速に近い高速度で旋回する乱流を対象とするため、本開発では、この様な解析に適した時間平均応力方程式モデルであるRSM(Reynolds Stress Model)モデルによって乱流運動エネルギー、乱流散逸率、レイノルズ応力などの解析を行いました。


*5 乱流運動エネルギー(Turbulence Kinetic Energy)

 流れの乱れの強さ(平均流速からのずれの大きさ)を意味します。 


*6 デジタルツイン手法

一般的には、「デジタルツイン」はリアル空間の情報をIoTなどのデジタル技術を用いて、ほぼリアルタイムでバーチャル空間内にリアル空間を再現する「デジタルの双子」を意味します。この概念を研究開発やモノづくりに拡張した、(拡張)デジタルツイン手法は、リアルタイムの結合はしていませんが、バーチャル空間内にある3D-CADやシミュレーションとリアル空間で製作する試作品・製品との間を相互に結合させる手法を意味し、本件では後者の研究開発における拡張デジタルツイン手法に該当します。

 

*7 3D-CAD

3次元(3D: Three Dimensional)の機械設計(CAD: Computer Aided Design)ソフトです。この3D-CADデータを用いて、金属部品のコンピュータ支援製造(CAM: Computer Aided Manufacturing)によって例えば複雑な渦発生子を製造したり、3Dプリンタによってプロトタイプを製作したり、乱流数値シミュレーションの入力データとしたりしました。このため、3D-CADデータがデジタルツインのハブ的機能を果たすことになります。

 

*8 断熱膨張

気体が熱の出入りなしに気体の体積が増大する現象のことです。外部へ仕事をすることになるため内部エネルギーは減少して、気体の温度は下がります。ボルテックスチューブ内では、図8に示す様に空気の圧力は管の外周側で高く、中心軸側で低くなります。圧力が高い外周側表面を流れていた空気の一部が、圧力が低く広い空間の中心側に移動する際、この断熱膨張現象が発生して、中心側に冷たい空気が集まることになります。低温側出口から、この中心側に集まった冷たい空気だけが流れ出ます。



図9 新型ボルテックスチューブ内の空気の圧力の分布

*9 乱流散逸率(Turbulence Eddy Dissipation)

乱れが消失する速さを意味し、乱流運動エネルギーから熱エネルギーの不可逆変換の速さを表します。乱流運動エネルギーが大きく、かつ乱流散逸率も大きい場合、その位置に存在する気体分子が持っている大きな運動エネルギーが熱エネルギーに速く変換されることを意味しています。





 弊社へのお問い合わせフォームはこちら
TEL. 029-282-3911
お電話でのお問い合わせもお待ちしています
TOPへ戻る